2015年06月23日

もしもボディワーカーになりたいというのなら・・・

考えるというのは、頭のなかでの作業だが、感じるというのは、環境と関わらなければできない。
感じながら考えることができればよいのだが、それがむずかしいというひとも、けっこう多いようだ。
どうしても、頭のなかで考えが行ったり来たりしてしまって、感じることができない。
そういう場合には、「考えるな、感じろ」という言葉が役にたつ。

この言葉は、ボディワークを習いはじめたばかりのひとにも役にたつが、もしもそのひとがボディワーカーになりたいというのなら、いつまでもこの言葉にしがみついているわけにはいかない。
「考えるな」はよいのだが、ひとにもじぶんにも「感じろ」と言いすぎてはならない。

感じるときには、感じることだけを感じ、感じないことを感じようとしてはならない。
感じようとすれば、目のまえにいるクライアント、あるいは対象物から遠ざかり、自分の「内なる世界」におぼれてしまう。
そして、おぼれてしまったら、「妄想者」となるしかない。

さらに加えて、ボディワーカーは感じることを超えていかなければならない。
その先へ行かなければ、ボディワークの熟達も、習得さえも本当にはかなわない。

自転車に乗れたあとは、自転車に乗ることはからだにまかせておいて、買い物のことでも考えていればよい。
ハンドルを操ることやペダルを踏むことなど考える必要はない。
同じようにボディワーカーは、手技の使いかたをおぼえたあとは、感じることは手にまかせて、セッション・ゴールのことでも考えていればよい。
そして、そうなれば、「熟達者」だ。

熟達のためには、「考えるな、感じるな、しゃしゃり出るな」と言うしかない。
これは、ボディワーカーの「わたし」に対して言う言葉だ。
加えて、その「わたし」に対して、「おまえは、おまえの仕事をしな」とでも言っておけばよい。
posted by baucafe at 00:21| Comment(0) | TrackBack(0) | ◇徒然日記
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