2023年04月13日
生きて、日々を歩く
脳卒中で倒れて、その後、歩けるようになって以来、歩きながら身体を整えていることについて、先日書きましたが、今日は、歩くこと自体に苦労しました。
先日の「自然な一歩」が嘘のような歩き様です。
日々進展というわけにはいかないようです。
しかしこれも、プロセスですし、努力がそのまま実ることなんて、まずないことです。
私は、物事に直線的な因果を求めるほど浅はかではないし、不真面目でもありません。
こんなときは、因果を混乱させて、楽しむしかありません。
科学実験で条件を整えるためにノイズを排除するのと真逆のことをするのです。
私を歩かせるのは、これまでの歩行訓練の成果や、足の持ち上げ方や、今日の良くない体調などだけでなく(もちろん、それらも含みますが)、朝の路で聞く「おはよう」の声、私の発する間の抜けた言葉、心に思い浮かんだ楽しいこと、悲しいこと、嬉しいこと、悔しいこと、近所のソフトクリーム店で味合うソフトクリームの味、コーヒーショップから香るコーヒーの香り、気持ちのよい風、雨で濡れて気持ちの悪い靴、肩に食い込む買い物袋の重さ…そんな物事を因果の中に迎え入れます。
下手な歩きがいつのまにか、違う意味合いを持ち始めます。
私が生きて、日々を歩くのは、豊かな景色が見られるからです。
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