1.触覚の抑制と「関節感覚」
触察を行う際には触覚をできるだけ抑えることが役に立ちます。
触察技術をこれから学ぼうとする方々にこれを言うと、驚かれることが多いです。そして問われます、それでは触覚の代わりにどの感覚を使えばよいのかと。
この問いに答える前に、触覚を抑えずにむしろ積極的に使おうとすると何が起こるのかを考えてみましょう。
まず触覚を使おうとして指先を細かく動かすことになるので、そのように触れられる被術者に不快感を与えかれません。なおかつその触れ方がていねいでなければ、被術者はモノ扱いされている(単なる触察対象として探られている)とさえ感じるかもしれません。
さらに触覚を使って身体の表面をたどり、そこで情報を得ることは容易であっても、何層にも重なる器官(注1)を超えて深部の対象を捉えることは非常に困難な仕事です。時間をかけて対象へたどり着いたとしてもそこで得られた情報は不正確な場合が多いのです。
そしてまた同じ問いに戻ることになりますが、それではどの感覚を使えばよいのでしょうか?
それに答えるとこうなります。私たちの言い方では「関節感覚」を使うのです。解剖学的の言葉を使えば関節間にある「固有受容感覚」で、関節にかかる圧力や関節の位置を情報として得る感覚です。
(注1)身体内部は様々な器官が重なり合い、層構造になっています。浅部から深部へ追うと、表皮、真皮、脂肪層、浅筋膜、深筋膜、筋肉群と続き、筋肉自体も筋外膜、筋周膜、筋内膜、筋線維と層状になっています。また筋肉群は、外在筋群から内在筋群まで大小様々な筋肉が重なり合っています。
2.立ち方が触察力に影響する
術者の使うツール(注2)は深部の対象へ到達するまでにいくつもの器官を超え、あるいはその隙間を越えて進みます。そのたびに術者のツールからその支持基底面までの関節群が反応し、ツールが何を捉えたかを知らせてくれます。
支持基底面というのは身体を支える面のことで、2足で立つときには両足底面とその間の部分を合計した面積を言います。この支持基底面が広いと(足幅を広くして立つと)姿勢は安定しますが、場合によっては関節が固定されてしまうことでそこからの情報が少なくなり、触察力が低下することもあります。つまり術者の立ち方が触察力に影響するわけです。
肩を緊張させて立つと肩関節から情報を得ることが難しくなります。肘や膝、腰などに緊張がある場合も同様です。また手技のツールに緊張がある場合、たいていは全身が緊張していますので、触察自体が難しくなるでしょう。
(注2)ボディワーカーは身体各部を手技のツールとして使います。手技のツールとして使われるのは手指、手指の関節、拳、前腕、肘などです(拙著『ボディワーク入門』 p.59-61 )。触察を行う場合には手指を使うことが多いでしょう。
参考文献:小川孝之 斎藤瑞穂 著『ボディワーク入門 ロルフィングに親しむ103のテクニック』(朱鷺書房)
3.解剖学の知識と視覚化の能力
「関節感覚」を使うといっても、触覚をできるだけ抑制し、指先で探ることを避けるのであれば、私たちの手技はどのようにして対象へ接近するのでしょう?
ツールが最初に触れた表皮の直下に目標となる対象があれば、あるいは少なくともごく付近にあれば、「関節感覚」を使って何の問題もなく近づくことができるでしょう。しかし離れた地点からでは、「関節感覚」は触覚と比べてかなり不利です。
そこで必要となるのが解剖学の知識と視覚化(ビジュアライズ)の能力です。ただしこの場合、少なくとも筋骨格系の人体解剖図を記憶している必要があることはもちろんです。
目の前にある身体と視覚化された身体内部(人体解剖図)とが上手く重ならないこともあるでしょう。そんな場合には、皮膚の表面からでも簡単に確認できるような骨指標(注3)を頼りにすればよいでしょう。
(注3)解剖学的な指標となる骨格上の部位。例)乳様突起、肩峰、烏口突起、肩甲骨上角、肩甲骨下角、腸骨稜、上前腸骨棘、上後腸骨棘、大転子、外果、内果。
4.触察法の手順
これまで触察に関して述べてきたことを触察法の手順としてまとめると以下のようになるでしょうか。
身体内部(触察対象とその周囲の解剖図)を視覚化する。その視覚化像を頼りに触察を開始する。触覚の抑制を試みつつ「関節感覚」を使って触察対象に接近&到達する。
こうして見ると手順としては簡単ですが、実践するとなるとどうでしょう? 解剖図の暗記はそう難しくはないでしょうが、実際の身体と視覚化像(解剖図)を重ね合わせること、「関節感覚」を働かせることは難しく感じるかもしれません。
オープンパスでは、身体と解剖図を重ね合わせるための訓練法および「関節感覚」を得るためのエクササイズを「認定パルペーション・トレーニング」のカリキュラムに含めています。また今回は「パルペーション・プレクラス」でも多少行う予定です。
ここでは詳しく紹介できませんが、前者は視覚化および触覚化を使った訓練法で、後者は手技ツールの使用と全身の「関節感覚」とをつなげていくエクササイズです。
5.参考書籍
触察を独学で身に着けることは難しいことですが、触察法や触察の手順を詳しく教えている書籍は多数刊行されています。そのなかで筆者がお勧めする数冊を紹介いたします。どれも少し専門的な内容になりますが、触察法習得の参考になるかと思います。
『骨格の形と触察法』(大峰閣)
『触診解剖アトラス(頸部・体幹・上肢/下肢)』(医学書院)
『運動療法のための機能解剖学的触察技術(上肢/下肢・体幹)』(MEDICAL VIEW)
『触診機能解剖カラーアトラス(上/下)』(文光堂)
『筋骨格系の触診マニュアル』(ガイアブックス)
『ボディナビゲーション』(医道の日本社)
2013年01月14日
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