2013年02月19日

宇宙飛行/Gの感覚

泉龍太郎 2004 Gの感覚 体育の科学,54,546−551.

地球の生命体はその発生から、等しく地球の重力を受けてきた。1961年にソ連の「ガガーリン」が初めて宇宙を訪れて以来、人類は宇宙飛行によって重力のない環境を経験するようになった。
このエッセイでは、宇宙飛行において長時間に渡って「微小重力」(宇宙ステーションにおける重力は、gが完全にゼロになるわけではないので、こう呼ばれる)環境にさらされたときの感覚について概説している。また、宇宙ステーションで行なわれる運動についても紹介している。
以下、各項目について略説する。

〈重力感知メカニズムと微小重力の影響〉
ヒトは三次元空間の中で、自己の位置、方向、姿勢、および運動を知覚している。その情報は、主として平衡感覚器、視覚、および体性感覚から得られ、脳内で統合されて、ひとつの方向感覚として知覚される。空間識とも呼ばれるこの感覚が、微小重力の影響を受けて、うまく働かなくなる。これが宇宙酔いの、大きな原因のひとつと考えられている。
微小重力の影響で注目すべきことのひとつは、ヒトのとる姿勢が地上とは異なることである。具体的には、手が肩の高さまで上がってきて、背中が丸くなり、膝が曲がり、まるで類人猿のような姿勢となり、かつ体の浮揚感を自覚するようになるという。宇宙飛行の初期には地上と同じ姿勢をとろうとして、頭や手を下げようとし、地上では通常使わない筋肉を使うため、非常に疲れるとの体験報告もされている。また、単に姿勢だけでなく、身長が数センチ伸びるなど、体型も変化するという。

〈視覚と認知〉
重力のない宇宙では、原理的には方向を定める必要はない。しかし、現実には宇宙ステーションでは上下方向が厳密に定められているという。重力が失われても、上下感覚・方向感覚は、ヒトにとって強固なものであるのだ。
宇宙酔いのメカニズムとして、現在4つの仮説が提唱されている。以下のとおりである。
(1)感覚混乱・感覚配置変え説: 日常的に体験しないような感覚刺激を受けて、中枢で情報の混乱が起こる。
(2)体液シフト説: 微小重力環境では体液が頭部に移動するため、頭蓋内圧が亢進する。
(3)耳石機能非対称説: 耳石器の感度にはもともと左右差があるが、微小重力下で耳石器からの入力が減少するため、左右差が顕在化し、平衡感覚や空間識の破綻をきたす。
(4)OTTR説: 微小重力環境では、耳石器に対する刺激は移動感覚のみとなるため、耳石器からの情報を再解釈する必要が生じ、この再解釈の過程で生じてしまう。

〈地上帰還時の問題〉
宇宙滞在が長期化した場合に問題となるのが、地上に帰還した場合の再適応、特に起立耐性の低下である。長期宇宙滞在では、定期的に運動することが義務づけられているが、それでも帰還直後は、平衡感覚障害、歩行失調、血圧調節機構の低下などが見られる。起立耐性低下が著しい場合は、失神の可能性もあるが、地上帰還時に緊急に対応しなければならない場合や、パイロットである場合などは、このような機能低下は致命的な大事故に繋がりかねず、NASAでは、医学的にも非常に重要な課題と位置づけられている。

〈宇宙での運動〉
長期宇宙滞在では1日2時間程度の運動が必要とされている。宇宙で行なう運動の主なものは、体を押さえた状態でのトレッドミルや、自転車こぎ、および抵抗運動である。ロシアでは、ゴムバンドによって日常の活動時でも筋活動に抵抗を受ける衣服(ペンギンスーツ)を用いている。
アメリカが提唱しているような火星へのミッションは、往復で3年程度を要し、これだけの期間となると運動や薬剤だけでは不十分で、人工重力装置の必要性が指摘されている。

〈その他〉
これまでの宇宙環境利用は、主として科学的実験が重視されてきた。しかしながら宇宙ステーションが本格化してきた現在、科学のみならず、応用利用、一般利用、教育のような、さまざまな利用のあり方が検討されている。たとえば、宇宙における人文社会科学、文化、芸術的利用のひとつとして、宇宙での身体的表現・ダンスなどが提案され、研究会が開催されている。
さらに重力から解放されることにより、新たな運動・活動形態が創造されることも期待される。

〈おわりに〉
生命が地球に誕生して約40億年の時間が経つが、人類の宇宙進出により、重力から解放された環境を実現することができるようになったのは、たかだか40年程度である。地球環境を離れなければ、地球環境の何が生命活動に必要かは、本当の意味では理解できないと考えられるが、重力環境もそのひとつである。宇宙という新たな環境を多くの人間が体験できるようになった時、われわれ人類は、新たな視点をもつことができるのではないだろうか。
posted by baucafe at 00:18| Comment(0) | TrackBack(0) | ◇読書
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