2013年03月08日

河村次郎著『創発する意識の自然学』より(2)

「我思う、ゆえに我あり」ではなくて「我生きるゆえにたまたま思うこともある」というのが真相なのである。


経験は主観的意識が発動する以前の身体活動的生命現象であって、秩序を無意識裡に生み出す自己組織性という性格をもっているのである。これは動物の本能的行動の延長上にあるもので、意識内在主義的な主観的構成主義や人間中心的な精神主義によってはけっして理解できない存在性格である。


人間の意識は脳内に幽閉された内面的現象に尽きるものではなく、社会的環境へと延び広がった脱自的生活機能である。つまり、それは他者との共存と環境への適応を志向しつつ機能する生命活動の一環なのである。


…人間は単独で生きる生物ではなく、社会的生物として「他者との共存」を本質的契機とする存在である。我々各人は死すべき有限の存在であるが、伝達によって更新される人間社会全体は、個々の死を超えて存続する巨大な有機体なのである。


意識は脳の中に幽閉された内面的現象ではなく、身体的行為を介した環境世界への脱自的居住を根本性格とするエコロジカルな生命現象である。


最初に自覚的な内面的意識の自己確信があるのではなく、社会的意味連関と対人関係の中に投げ込まれた生活的自我の居住的活動ないし身体的行為があるのである。


…私が身体をもつのではなく、私は身体そのものなのである。環境の中で他者や社会事象と相互作用しつつ身体を生きること、すなわち社会的行動がまずあり、それが自己管理的に一人称化されて自覚されるとき「私」という観念が生まれる。


彼(フッサール)にとって「超越論的」とは内面的主観性が外部世界の対象へと「超越」する様式の解明を意味した。そして、こうした姿勢と方法に沿って身体と空間の関係が捉えられる。しかし、こうした方法によって捉えられる身体現象はしょせん身体意識ないし身体感覚であり、身体のもつ有機物質性は全く度外視されている。


ハイデッガーは師フッサールの過度の主観主義を批判して経験の主体を「世界内存在」として捉え直した。「世界内存在」は、主観と客観、内部と外部の二元分割を乗り越えるために考案された概念装置である。彼は、世界を経験するのは内的意識の超越論的主観性ではなく、世界と一体となって生きる実存(事実的生 faktisches Leben)の行為的了解活動だと考えたのである。


現象学における「生きられる身体」という概念が自覚的意識に現れる身体運動の感覚だとしたら、それは大脳の高次機能の反映ということになり、脳幹と脊髄を介して身体全体とつながった神経系の働きを十分顧慮していないものとみなされる。


…人間の意識は真空の独我論的な内面空間から立ち上がる幽霊的現象ではなく、環境の中で身体運動をしつつ他者と相互作用するうちに創発する生命的自然現象である。それは社会文化的因子によって賦活されるものである。


そもそも「私」は常に「私ならざるもの」によって脅かされ、励まされ、暗示され、何か「より広いもの」に向けて誘導されている。


そもそも生命の本質は「死ぬこと」にある。すべての生命個体が無限に生き続けたら生態系は破綻し、生命の連鎖は途絶えてしまう。しかし、近代的自我のせせこましい主観性は、自己の存在に過度にこだわり、自己の死を他者の生に向けて脱自的に捉えることから遠ざかり、生命の大いなる連鎖に対して盲目となってしまう。


「私」という観念ないし意識は、外界と隔絶した自己の内面の奥底から湧き上ってくる超自然的主観性ではなく、人称が成立する以前の他者との身体的触れ合いから次第に自覚される、他者との社会的共同生活のための道具である。


「自己の知覚と意識と思考が確実に、つまり他でありえない仕方で確認し認識したもの」は実は「自己の認識の仕方の確実性」に関わるものではあっても、けっして自然的事実の確認たりえないのである。つまり、主観主義者が揺るぎないものと確信した自己判断が妥当するのは「自己の主観的意識による確認と判断」の範囲を一歩も出ないのである。


死は単なる世代交代であり、「生命の大いなる連鎖」を維持するための脱皮的契機なのである。「私が死を超えて生きる」ということは、私の霊魂が肉体の死後も生き続けるということではなく、自然の大生命が個体の生命の連鎖を維持しつつ、エンテレケイアへの無限の創造的前進を繰り返す、その運動に自己を融解せしめる、ということなのである。
posted by baucafe at 00:47| Comment(0) | TrackBack(0) | ◇読書
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