…生命の意味とは、その本質と目的性なのである。だから、生命体がどういう物質から成り立っているかを示したり、生理的プロセスの分子的メカニズムを説明したりしても、生命の意味を説明したことにはならないのである。
…自然的実在性は、いわゆる客観的実在性とは異なった概念であり、主観―客観対置図式から捉えることはできない。つまり、客観的実在性というものが「主観の外」を意味するのに対して、自然的実在性は主観を取り込んだ世界の自己組織性を示唆するのである。
「意味」というものは、世界から切り離された独我論的自己の内面から純粋自己触発によって生じるのではなく、他者とのコミュニケーションを通じて脱自的に形成されるものなのである。つまり、それは情報「交換」を通して創発する社会的機能であり、換言すれば、生活のための道具である。
我々は普通、意識によって捉えられる主観的現象を中心として「心」というものを理解している。それゆえ、主観的表象内容に組み込めない「脳幹部の無意識的情報処理の働き」を提示されても心に親近的なものとは感じない。そこで大脳中心主義の心脳関係論が跳梁する破目になるのである。そして、それは「身体全体と生命」という心身問題にとっての重要な思考案件を見失わせてしまう。
心は、意識の主観的性質からのみ構成されるのではなく、全身の生理活動の目的性をもった秩序形成に密着しており、その意味で生命の無意識的自己組織活動の支配下にある。そして、注意深く自己観察してみると、「意識の主観的働き」と「生理的過程のもつ無意識的心性」の間に相関関係があることが分かる。この相関関係は、二元論者が主張するような心身相互作用ではなく、心身間の明らかな連続性を示唆している。体調と気分の相関はそれを象徴する最も身近な現象である。そして、この相関は、生命の維持という目的性が意識の主観性の最も低い層に現れたものと理解できる。
今日、「心の座は脳である」とする見解が無思慮に受け容れられる傾向にあるが、それは論理的思考や記号的情報処理に偏向した認知主義の悪影響にすぎない。心の本質を考えるためには、むしろ身体全体の生命的自己組織化システム、ならびに環境の中で生きる有機体という契機を深く顧慮すべきである。
先験的意識が最初にあって、それからコミュニケーションに参入し、諸々の社会制度を作り出すのではない。他者との無意識的な共同行動が最初にあって、それに追従するように内面的意識が生じるのである。
そもそも我々の内面的意識の内容を形成するものはすべて外的社会環境から移入されたものである。我々が単独で生み出せるものなど何一つない。ただ個人の認知生活における情報処理のパターン形成が、その人の履歴に左右されて、独特の個性をもつだけなのである。
…人間の身体は生命システムとして平衡から離れた開放的システムであり、社会的ならびに自然的環境と相互作用しつつ、情報とエネルギーを散逸させ、新たな構造を作り、それを自己にフィードバックさせていく。これこそが、まさにエントロピーの増大に逆らって生命的秩序を形成していくということ、簡単に言えば「生きていく」ということなのである。
…有機体的自然観すべてに見られる特徴は、自然が秩序形成のために自己組織化する能動性をもつことを認める点である。これは一見擬人化のように思われるが、それは意識の能動性を過剰評価する人間中心主義の悪しき習慣にすぎない。自分が働かせている意識を中心にもってくると、主体性とか能動性というものが、反省能力をもち知覚対象の現象的質を感得できる「人間的心」にしか帰属できないように思えてくる。
身体は周囲の自然環境と連続しており、それと一体になる形で生命の自己組織化活動を営んでいるのである。この点に着目しそれを深く掘り下げていくと、主観―客観対置図式が虚構であることが分かってくる。有機体的自然学が形相因と目的因を排除してきたのもこれと関係が深い。
我々の周囲にある空間は空虚なものではなくて、すべて情報を含んだ潜勢的ならびに現勢的な励起媒質なのである。その情報も、誰かが意図的に製作したプログラムという性格ではなく、自発的にパターンを生み出すこと、つまり自己組織性を本性としている。
…我々の営む経験は意識のみから成り立っているのではない。それは無意識的認知過程も含んだ広範な現象である。そして、それは意識的経験の広大な背景となっている。つまり意識的反省が始まる以前の身体的認知活動が我々の経験の基盤をなし、その上に意識化された知覚内容が乗っかっているだけなのである。
…我々が意識を働かせて物事を解釈する以前に情報は構造として自然界に備わっているのである。その情報構造の恩恵の下に社会の秩序が形成され、我々の自己意識が生育し、言語や文化が構築されるのである。
2013年03月17日
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