2013年03月19日

中谷宇吉郎著『科学の方法』より

なぜ再現可能の問題だけしか、科学は取り扱い得ないかといえば、科学というものは、あることをいう場合に、それがほんとうか、ほんとうでないかということをいう学問である。それが美しいとか、善いとか悪いとかいうことは、決していわないし、またいうこともできないものである。


自然現象をただあるがままに見ただけでは、手のつけようがない。それでいろいろな方法によって、得られた多くの知識を整理していくのであるが、そのうち一番簡単なものが測定なのである。自然現象を数値であらわして、その数値について、知識を深めていく。これが科学の基礎となっている方法である。


自然科学というものは、自然のすべてを知っている、あるいは知るべき学問ではない。自然現象の中から、科学が取り扱い得る面だけを抜き出して、その面に当てはめるべき学問である。そういうことを知っておれば、いわゆる科学万能的な考え方に陥る心配はない。


…多数の例について全般的に見る場合には、科学は非常に強力なものである。しかし全体の中の個の問題、あるいは予期されないことがただ一度起きたというような場合には、案外役に立たない。しかしそれは仕方がないのであって、科学というものは、本来そういう性質の学問なのである。


科学の世界では、よく自然現象とか、自然の実際の姿とか、あるいはその間の法則とかいう言葉が使われるが、これらはすべて人間が見つけるのであって、その点が重要なことである。実態を見つけたといっても、それは科学が見つけた自然の実態である。従って、それは、科学の眼を通じて見た自然の実態なのである。自然そのものは、もっと違ったものであるかもしれないし、たぶんずっと違ったものであろう。


因果律というと、何か原因があって、それと直結して結果があるというふうにとられ易いが、けっきょくのところ、原因とか、あるいは結果とかいうものはないのである。ただ、人間が、ある現象のつらなりを、原因結果的に見て、順序を立てるということにすぎないのである。


…現在の科学の思考形式以外の見方で自然を見れば、その見方で見た、また別の自然の実態というものが見えるはずである。それが現在の科学が捉えている自然の実態とひどくちがっていても、ちっともおかしくはないのである。それでわれわれは、現在のところ、自然科学によって自然の実態を探し求めるといってはいるが、ほんとうのところをいえば、そういう自然の実態を作り上げているのである。


自然現象は非常に複雑なもので、われわれはその実態を決して知ることができない。ただ、その中から、われわれが自分の生活―これは広い意味の生活で、知識を広めるという精神的な面まで入れた広い意味での生活であるが、その中に利用し得るような知識を抜き出していくのである。利用というと語弊があるが、これは実用という意味ではない。われわれの精神生活にマッチするような面を、自然の中から抜き出して、一つ一つ見ていく。その時、科学の場合ならば、科学の眼を通じて見ていくのである。それであっちから見たり、こっちから見たりすることが、実相なのである。


実際のところ、自然界に起こっている現象では、生命現象はもちろんのこと、物質間に起こる簡単なように見える問題でも、厳密にいえば、同じことは決して二度とはくり返して起こらない。そういう現象を、もし条件が全く一様ならば、同じことがくり返して起こるはずであるという見方で、取り扱うのが、科学である。


…科学の限界は、再現可能な問題に限られている。しかし、ほんとうはこの世の中には、再現可能な問題はない。再現可能でないものを、再現可能であるという見方をするには、…現象をいろいろな要素に分けて考えてみるのが便利な方法である。空気の抵抗がなくて、重力だけで落下するのならば、それは重力の加速度で計算される速さで落ちてくる。


分析というのは、一つの連続体のまとまったものである自然現象を、いろいろな要素に人間が分けて考えることである。人間が分けるのであるから、ここに人間的要素がはいってくるわけである。つぎに現象をいくつかの要素に分け、その一つ一つの要素が全部分かった時、それを全体としてまとめたときの現象はどうなるか、という問題が出てくる。


自然科学は、自然の本態と、その中にある法則とを探究する学問である。…しかしその本態とか、法則とかいうものは、あくまでも科学の眼を通じてみた本態であり、また法則である。それで科学の真理は、自然と人間との協同作品である。
posted by baucafe at 01:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ◇読書
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